百合子の秘め事-修羅場再び

「ちょ、ちょっと待ってよ」
拓也に手を掴まれてから、やっとそれだけ言えた直後に周りの様子が視界に入ってきました。
ここは校門に通じる並木道。
誰でも入れて、行き交う人も多い場所です。
今も丁度通りすがりの生徒が、こちらを見てぎょっとしていました。
「こんなところじゃみんなに見られるでしょ」
そう言うと、拓也は渋々といった感じで私から手を離しました。
「とりあえず、落ち着いて話ができるところに行きましょう。私は逃げないから」
「……わかった」
了承を得て、私たちは目立つ場所から移動しました。
私の部屋には怖くて入れられないし、考えて結局別れ話をした時にも利用したカフェに行きました。
拓也に対して私はもう気持ちがないという牽制の意味も込めて。
伝わったかどうかは分かりませんが……。
奇しくも、対応してくれたのはあの時と同じ店員さんでした。
あの時のことを覚えていたのか、私たちの表情を見てなんだか気の毒そうな目を私に向けられたような気がしたのは、気のせいでしょうか?
ボックス席に座り、二人ともコーヒーを注文しました。
いい香りを漂わせてコーヒーが運ばれて来るまでは無言。
せっかく持って来て貰っても、どう見てもお茶とお喋りを楽しむ空気ではありません。
申し訳ない気持ちで店員さんに頭を下げて見送った後、私は切り出しました。
「どういうつもりなの、いきなり」
昨日の寺田さんのお迎えを見ているなら私に新しい相手ができたと思っているだろうに、かと思えばやり直せないかと言い出したり。
なんだか支離滅裂な言動を確かめるように、私は拓也に話しかけました。
「あなたはあの、ユキって人と付き合い始めたって聞いたよ」
「それは……!あいつに押し切られて……」
慌てた様子で返してきた拓也は、次第に意気消沈したように口籠ります。
「俺、お前と別れて分かったんだ。お前がどんなに素晴らしい女性だったかをさ。ユキは……あいつはお前みたいな気遣いもないし、料理は下手だし、俺の部屋まで散らかすし……」
私のよさを分かったと言いつつ、一応今付き合っている相手に対して随分な言いようだなと思いました。
「でも、夜の方は私よりよかったんでしょ?」
「それは……!」
また慌てた様子で同じ返しをして、何も言えなくなったらしく目の前で肩を落とします。
あんな屈辱的なことを言われて、忘れていない訳がありませんでした。
「……私もね、あの時はすごくショックだった。今までの自分が否定されたように感じてたんだよ」
でも、と私は続けます。
「皮肉なことだけど、そのお陰で私は気持ちを新しくして、素敵な人と出会えたの」
寺田さんとのことは私の片思いで、今はまだ恋人同士になれた訳じゃない。
これから先、なれるかどうかも分からない。
けれどそれをわざわざ拓也に教えてやる義理はないと思ったので、黙っておきました。
「あの人に会って私、初めて『ああ、これが女の幸せっていうものなんだな』というのを知ったんだよ」
以前より私の見た目や雰囲気が魅力的になったというなら、そのお陰に他ならないのだと暗に匂わせます。
勿論、明日香さんのメイク指導もあってのことなのですが。
「百合子……」
「あなたと私は、もう関係ない人間なの。気安く呼ぶのはもうやめて」
「そんな、冷たいこというなよ」
「始めに酷いことをしたのはどっちだったっけ?」
「……うぅ」
浮気のことを反省しているのかしていないのかさっぱり分からない拓也ですが、その辺りを詰められると何も言えないようでした。
「あなたは軽い気持ちだったのかも知れない、でも私にとっては自分を全否定されるような苦しみを味わうようなことだったんだよ。それなのにやり直したいなんて、あまりにも身勝手すぎるでしょう」
「お前を傷つけたことは、すごく反省してる」
「反省してるから何?」
私は精一杯、拓也を睨みつけました。
「やってはいけないことをやってから反省したって、遅いんだよ?先に他の子が好きになったから別れて欲しいって言われた方が、まだ誠実だったと思う」
でも、そういうことじゃないんでしょうね。
私を彼女としてキープしておきながら、他の女の子もつまみ食いしてみたいと、そういう気持ちだったんでしょう。
「もう無理なのか……?」
「それはそうだよ。私はもうあなたに気持ちがないし」
正直、嫌っているとか憎んでいるとかいうのよりは心底『どうでもいい』というのが近いのかも知れないです。
今でも折に触れて拓也と付き合っていた時のことを思い出してしまうこともあるけれど、それは恋しいとかそういう気持ちじゃなくてただの感傷なんだと、寺田さんに自室で抱かれた時にも感じたものでした。
もう、私にとって拓也はとっくに過去の人。
「俺は納得いってない」
だというのにそんなことを言われて、私は呆れた目で目の前の男性を見てしまいました。
改めて、私が好きだった人はこんなに情けない、諦めの悪い人だったのかとがっかりしてしまいます。
「あなたが納得できなくても、もう物事も人の気持ちも進んで行ってるんだよ」
拓也ひとりの我儘のために、私も足を引っ張られたくはありませんでした。
私がいくらきっぱりと「もうやり直すことはできない」「あなたにはもう気持ちがない」と伝えても、拓也はぐずぐずと後ろ髪を引くようなことを繰り返してきます。
付き合っていた頃は、何かを決めたりする時には潔い方だと思っていたのにな。
これじゃ埒が明きません。
何度も同じような堂々巡りを繰り返して疲れ始めてきた頃、思わぬ方から声がかかりました。
「……あのさ~」
丁度私の後ろ、隣のボックス席から聞き覚えのある男性の声がしました。
振り返ると、ひょっこり顔を出したのは同じサークルの山田先輩でした。

 

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