百合子の秘め事-あの人の好きな人

勉強に仕事に、私は充実した時間を送っていました。
授業が難しくなった科目もあって大変だけど、寺田さんから貰った万年筆がお守り代わり。
寺田さんが応援してくれるのなら頑張れる……そんな風に感じていました。
「……あ、そろそろご飯食べないと」
ラウンジの開店は20時からなので、大学の授業からは時間があります。
私は大抵その間に勉強したり、夕食を作って食べたりしていました。
20時前にお店に行って、開店からお仕事開始。
上がるのは大体23時くらいで日付を跨ぐことは少ないのですが、それでも前のバイトより沢山お金が貰えるのがすごいというか、何というか……。
仕事の時に着る服やアクセサリーなんかもいくつか揃えたし、明日香さんに教えて貰ったコスメを買ったりもしたんですが、それでも貯金額は少し増えていました。
ラウンジでのお仕事は楽しいし、続けられるだけ続けていきたいなとは思うのですが、社会人になったらどうかなぁ?
昼の仕事をしながらキャストをしている人もいてすごいなとは思うんですが、ダブルワークって大変じゃないのかな。
まだこの先どうなるか分からないけれど、私はもしかしたら学生の間だけの仕事になるかも知れません。

「いらっしゃいませ」
その日の開店早々、スタッフさんが入り口から案内してきたお客さんの顔を見てびっくりしてしまいました。
「寺田さん!?」
「あ、百合子ちゃん」
突然こんなところで顔を合わせることになって、私は目を丸くして固まっていました。
「なんだ百合子ちゃんも寺田さん知ってるんだ~。じゃあお席案内しよ」
「え、あ、はい……」
明日香さんがニコニコしながら背を押してきて、なし崩し的に私と明日香さんが寺田さんの接客に入ることになりました。
お客様の中にはこの場所の雰囲気を感じながら静かに飲みたいみたいな感じの人もいて、そういう場合はおもてなしするキャストの数も少ないか、一旦席を離れて呼ばれるまでそっとしておくみたいな場合もあるのですが、寺田さんもあまり複数でわいわいやるのは好きじゃない方なのかも知れません。
「へぇ~、それで寺田さんがパイプ役になってくれた訳だ」
「はい、どうしようかと思ってたところだったので、助かりました」
私がラウンジに来たいきさつを寺田さんのことも交えて話すと、明日香さんは「なるほどねぇ」と相槌を打ちました。
……寺田さんとは出会い系サイトで会ったということまでは、流石に話しませんでしたが。
「寺田さんレアキャラだけど優しいから、キャストからも結構人気あるのよ。普段もモテてんでしょうねぇ」
「そんなことはないよ」
明日香さんの言葉に笑ってお酒のグラスを傾ける寺田さんは、本当に大人の男性って感じで。
普段私と食事をする時はお酒を飲まないから、こんな風に飲んでるんだなんて感慨もありつつその姿を見ていました。
「久し振りに来てくれたのね、陽一くん」
「お邪魔してます」
そこにオーナーの美奈子さんがやって来ます。
陽一というのは、寺田さんのこと。
お店での美奈子さんはタイトスカートにスーツでデキる大人の女という雰囲気なのですが、時々こうして彼女も席に挨拶に来たり、おもてなしに加わったりしています。
お客様の中には美奈子さん目当てに来ている方も結構多いみたいで……服装をビシッと決めていても花があるし、お話も対応も洗練されているんですよね。
こんな風になれたらな……って、同性でも思ってしまいます。
「もっとちょくちょく来てくれてもいいのに……女の子からも評判いいのよ」
「僕みたいなのがそんなホイホイ来ていいところじゃないでしょ、ここは」
所謂高級ラウンジということもあって、普通の会社員の自分にはそうそう来られる場所じゃないという意味みたいでした。
「今日は百合子ちゃんの様子を見に来たって訳ね」
美奈子さんが私を見て微笑みます。
「ええ、上手くやってるみたいで安心しました」
「私も助かってるのよ、オープンから出てくれるいい子が来てくれて」
と私を褒める話をする二人に照れながら相槌を打っている間に、美奈子さんは頃合いを見てソファから立ち上がりました。
「折角来たんだから、ゆっくりしていってね」
という言葉を残して、他の席へ向かいます。
やっぱり美奈子さんは素敵だなぁ……。
「そういえば、美奈子さんとはどういうお知り合いなんですか?」
私は少し気になっていたことを、この際だからと思い切って聞いてみました。
すると寺田さんはしみじみとした、何処か懐かしそうな表情を浮かべました。
「美奈子さんとは昔、僕がどん底の状況にいた時に会ったんだ。そこですごくお世話になってね」
憧憬と、なんでしょう?様々な感情や感慨。
そういったものが、寺田さんの瞳に垣間見られた気がしました。
「彼女には、今でもとても感謝しているんだよ」
私は気づいてしまいました。
寺田さんが好きなのは、美奈子さんなのだと。

「あー、わかっちゃったかぁ~」
いつもの仕事終わりのメイクルームで、お化粧のことを教えて貰いがてら明日香さんとその話題になりました。
寺田さんが美奈子さんのことを想っているのは、明日香さんも、恐らく他のキャストさんたちも知っていることだったのでしょう。
「でもねぇ、美奈子さんも大事なパートナーみたいな人がいんのよ」
「そうなんですか」
「まぁそうだよねぇ、こういうお店持ってるくらいだし、女一人じゃなかなかやってけないって」
確かに、言われてみればそうです。
これだけのお店を切り盛りしていくのに、ひとりの力では限界があるでしょうし……
「だからさぁ、百合子ちゃんも諦めないでいいと思うよ。何より若さがあるし!」
……私の寺田さんへの気持ちも、お見通しだったみたいです。
寺田さんの好きな人。
でも、その人にももうお相手がいる。
それなら、私にもチャンスがあるのでしょうか?
明日香さんは私が若さが武器になるみたいなことを言っていたけど、本当にそうなのかなぁ。
だって、寺田さんは私のことを若すぎるって思っていたくらいだし、今でもやっぱりちょっと保護者目線を感じるなというとことがあるから……
これから、少しずつでも変わっていくのかな。
不安と期待の入り混じった、19歳の春の始まりでした。

 

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