百合子の秘め事-ラウンジに体験入店

お店を見学したり美奈子さんとお喋りをしたりしながら待つところしばらく、開店前になると今日出勤するキャストの女性たちがちらほらとお店にやって来ました。
「おはようございます」
「おはよう。この子、今日体験入店の子だからよろしくね」
「百合子といいます。よろしくお願いします」
キャストさんたちが来る毎に、ひとまず挨拶しました。
「え、可愛い~。美奈子さんどこで捕まえてきたんですか?」
「知人にいい子いないかしらって聞いてたらね、紹介してくれたのよ」
「百合子ちゃんいくつ?」
「19歳です」
「え~!若っ!肌きれい~!」
年上の女性たちに囲まれて緊張していると、肩をポンと叩く人がいました。
「ほーら、そんな目ぇ輝かせて取り囲んでるから小っちゃくなっちゃってるじゃん。とりあえずみんな開店前のチェックしてきなよ」
「あ、そうだ。お化粧直ししてこなきゃ」
「今日ちょっと汗掻いちゃったんだよね~」
どうやら昼間も仕事や別の活動などをしている人も多いらしく、私の肩を叩いた女性の声にみんな思い出したようにメイクルームに向かいました。
「丁度良かった、明日香ちゃん。今日この子に付いて欲しいんだけど……」
「あ、さっき外野から聞いてたからおけまるでーす。あたし明日香っていうの、よろしくね百合子ちゃん」
見た感じ私より少し年上っぽい明日香さんが、今日私に付いて色々と教えてくれるようでした。
明日香さんは小ざっぱりしたナチュラル風メイクにジーンズ姿で、それでいてお洒落なコーディネートなせいかこのラウンジでもあまり浮いた感じがしません。
すごく人懐っこそうで、私も初対面なのに仲良く出来そうかな……?なんて思っちゃいました。

「いらっしゃいませ、竹下様」
「いらっしゃいませ」
お店がオープンし、やって来たお客様に早速つきます。
明日香さんと私がついたのは、竹下様という壮年の品のいい感じの男性で、私たち以外にも数人のキャストさんが一緒に席に着きました。
「この子は新人さんかな?」
「この子今日体験入店なんです。だから、正式にキャストになってくれるかどうかは竹下様にかかってますよ」
「それは責任重大だな」
明日香さんが冗談めかしながら言うと、お客さんもみんなも笑って和やかな空気になったので、私はそこで会釈しました。
「百合子です、よろしくお願いします」
「百合子ちゃんはまだ19歳なので、ノンアルでお願いしますね」
他のキャストさんも気を回してくれます。
「19歳か!若いね、学生さんかな?」
「はい、普段は大学に通ってます」
やっぱり十代は珍しいのか、お客さんも興味津々といった感じで聞いてきます。
「いいねぇ、僕、若い子におじさまって呼んでみて欲しかったんだよね。もしよかったら呼んでみてくれない?」
「やだぁ~」
竹下様が少し軽い感じでそういうと、みんながどっと笑います。
冗談だったのかな?
でも、本当に呼んで欲しいならそう呼ぶのも構わないんですが。
「お、おじさま」
そう口にすると、竹下様は嬉しそうに目を見張りました。
「おぉ……言ってはみたけど、これは予想外にいいもんだなぁ」
「百合子ちゃんが嫌じゃなければ、これから竹下様のことはおじさまって呼んで差しあげて」
隣で明日香さんが小声でアドバイスしてくれたので、私も小さく頷きます。
私のことを聞きたがっているおじさまに、当たり障りのないところ、今まで働いていたバイト先は感染症の流行で辞めなければならない流れになってここに来たことなどを話すと「大変だね」と気の毒そうにしていました。
「でも、そのお陰でこの店と縁があったのなら運がよかったのかも知れないね」
このお店はいい店なのだとお客様も思われているようだし、私にとってもいい職場になったらいいなと思っていました。
話題は世情や経済の話などになっていき、私には難しくて分からないところもありましたが、明日香さんがフォローを入れてくれたり彼女自身も積極的に会話に入っていったり、結構知識が豊富なんだなぁと感心してしまいました。
やっぱりこういうお仕事をしていると、新聞を読んだり勉強したりするのかな?

また来るよと帰っていくおじさまを見送って、私たちは一度お店の奥に戻りました。
「どうだった?」
「はい……慣れていけばなんとかできそうです」
「それはよかった。あたしも百合子ちゃんと接客してて楽しかったし、一緒に仕事できたら嬉しいな~って思ってたんだ」
とからっとした笑顔で笑う明日香さん。
短い間にも、明日香さんが魅力的な女性なんだというのがわかりましたし、そんな人が私のことを気に入ってくれるなんて……。
「私も、こんな素敵な人とお仕事できるなら嬉しいです。それに、一緒にお話してて思ったんですけど、明日香さんってすごいですね」
「え、あたしすごかった?そりゃあお客さんを楽しませたいって頑張ってるからね~」
にこにこしていた明日香さんが、不意にちょっと真面目な目になりました。
「あたしモデルやってるんだけど、まだ駆け出しでさ。まだまだそれだけじゃ食えないし、こういうところで人脈作るのも大事なんだよね」
彼女は夢のためにここで働いてるんだ。
聞くところ、モデルの卵のキャストは他に何人もいるようで、本業の時間が不規則でも働けるし人脈を作れる可能性もあるからぴったりなのだとか。
「私、明日香さんがモデルとして活躍してるところ見たいです」
「ありがと!百合子ちゃんは学業、分野は違うけど一緒に頑張ってこうね」
初めてのラウンジで戸惑うことも多かったけど、一緒に働く人のお陰でやっていけそうな気がしました。

帰宅して、体験入店分のお給料として貰った封筒の中身は一万円札が一枚入っていました。
「こんなに……?」
私が接客していた時間は2時間もなかったと思うのですが、交通費込みでもこんなに貰えるものなのかと目を白黒させてしまいました。
そういえばネットで調べた時も、ラウンジキャストの時給は1時間で3000円から5000円って書いてあったっけ。
普通のバイトの何日分かが、ほんの数時間で稼げてしまうなんて……。
自由にできる時間も増えていいけれど、金銭感覚がおかしくならないようにしっかりしなきゃと、気を引き締めたのでした。

 

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