百合子の秘め事-恥ずかしい話

予約のお店は、ビルの中にありました。
あまり人気もなく静かなビルに入ってエレベーターでお店のある階へ。
そして、小さなフロアにあるなんだか重厚そうな店構えにあれっと思ってしまいました。
ここって、結構高級なお店なんじゃ……。
ちょっとビビッてしまっている私を他所に、寺田さんはごく普通な様子で私を促しながら店に入り、応対した着物姿の女性に予約のことを告げます。
「寺田様、お待ちしておりました」
お店の内装も老舗の料亭みたいだし、女性がお辞儀をする姿まですごく綺麗で、ゴミゴミした都会から別世界に来てしまった感じがしました。
個室の席に通されると、すぐにさっきの女性がお茶とおしぼりを持ってきてくれました。
「だ、大丈夫ですか?こんな立派なお店……」
驚きと緊張が抜けずに私が呟くと、寺田さんはにっこりと目を細めます。
「大丈夫だよ、ここは結構リーズナブルだし。僕も時々来ているし、ランチは特にお得なんだ」
確かに高級なお店でも、ランチは安価に頂けるところが多いらしいという情報は知っていたので、そうなのかととりあえず納得。
少し待って運ばれてきた海鮮丼は、オードソックスな具材ながら豪華なものでした。
マグロにサーモン、エビ、貝柱、イクラ、ウニ。
どれも新鮮で、魚は捌いたばかりといった感じの歯応えがあります。
酢飯のご飯も絶妙に合っていて、私は夢中で食べていました。
「美味しそうに食べるねぇ」
「はいっ……美味しいです……っ」
気が付くと寺田さんはまた笑顔で私を見ていて、恥ずかしかったけどお箸が止まりませんでした。
食後もお腹いっぱいで、幸せな気分です。
「ご馳走様でした。でも、よかったんですか?」
「え?……ああ、あんなに美味しそうに食べてくれたら、ご馳走した甲斐もあるってものだよ」
割り勘が当たり前だった私がお礼を言った後尋ねると、寺田さんは不思議そうな反応をしていました。
後から思うと、デートをした女の子には食事代を出すのは普通のことだったみたいで……
この辺は、付き合う相手や懐具合も関係してくるのだと思いますが、私はやっぱり奢って貰えるのは有り難い事だなって今でも思いますね。

昼食後は、近場の大きな本屋さんに寄っていろんな本を見て回りました。
寺田さんが学生が読んでも面白い本というのを教えてくれて、それを何冊か……買おうとしたら、さらっとお金を払って貰っちゃってどうしようと思ったり……。
「今日一緒にご飯食べてくれたお礼だよ」
って言ってたけど、私の方が奢って貰ったのになぁって思ってました。
道中気になったカフェは休業していたし、その日は日差しが暖かかったので、コーヒースタンドで飲み物を買って公園で飲むことにしました。
お昼の時はすごいお店で緊張してしまったりもしたけれど、寺田さんはこうしてベンチで肩を並べて珈琲を飲んでいるとほっとするような、そんな感じの人なんですよね。
でもそれが逆に疑問を抱くことに繋がってしまう。
こんなに素敵な人だったら、出会い系なんて登録しなくてもいい相手が見つかるんじゃないかって。
もしくは、本命がいて浮気相手を探してるとか……。
拓也との一件で自信を無くしていた私は、余計そういう自分を追い詰めるような気持が湧いてしまっていたのかも知れません。
彼氏に浮気されるような女を大事にしてくれる人なんて、本当にいるんだろうかって。
「……寺田さんは、どうして私にこんなによくしてくれるんですか?」
やっぱり身体が、エッチするのが目的なのかな?
「私、前のことがあって……全然自分に自信がないんです。だから、寺田さんが優しくしてくれるのも変に疑っちゃって……すみません」
「謝らなくてもいいんだよ」
寺田さんは静かに言いました。
「辛い事があった後なんて、何も信じられなくなっても仕方がないよ。自分に価値がないように感じたり、人の優しさも信じられなかったり……僕も昔はそう言うことがあったから、少しだけ分かる気がする。でも、百合子ちゃんはそれでも真っ直ぐで、僕と話したり今日付き合ってくれたりしてくれたよね」
そうか、寺田さんも似たような思いをしたことがあったのか。
だから私にも優しくしてくれたのかな?
「正直な話をするとね、僕は好きな人がいるんだ……ずっと片思いで、望みはないんだけどね。だから、自分の身近にいないような感じの女の子と、心残りを忘れさせてくれるような子に出会えないかって、探してしまうんだ」
「好きな人……」
寺田さんの好きな人。
それがどんな人かなんて、想像もつきません。
ただ彼の口ぶりからして、もしかしたらもうお相手がいたりして手が届かない人なのかもとは思いました。
だからって、自分が新しい恋人候補に立候補する勇気は……。
この人に好きになって貰うことができたら、この人とお付き合いできたら、私は自分が今より大きく変われる気がしました。
それも、いい方向に。
こういうのが、遊んでいる人が女の子を靡かせるテクニックなのかも知れないと、頭の隅では考えてはいたけれど、そうだったとしても構わないと思ってしまっていたんです。
もう処女でもないし。
でも……夜のことについて悩んでいた部分が、ここでも邪魔しました。

「ごめんね、変な話をして。気分悪くさせちゃったかな」
「いえ……」
全然違うことを心配しながら、寺田さんは俯いている私のことを気遣ってくれました。
自分の顔がくしゃくしゃになって、不細工になっているんじゃと思ったら顔を上げることが出来ませんでした。
「でも、そんな話聞いても、どうしようもないです……私じゃあ、寺田さんに見合わないじゃないですか」
「どうしてそんな風に思うの?」
「……だって、他の女の子に簡単に彼氏盗られちゃう女なんて魅力ないし……そ、それに……エッチだって……私、不感症かも知れないし……そんなの相手にしたってつまんないでしょ」
白昼の公園でこんなことを言ってしまう私に、寺田さんは困ったような雰囲気を醸し出します。
当然ですよね。
「百合子ちゃん、こっちを向いて」
寺田さんがそっと肩に手を置いてきたので、私は恐る恐るそちらを見ました。
すると、とても真摯な眼差しが私を見詰めています。
「君はとても可愛くて、魅力的な女性だよ。でもまだ若くて……まだ早いかも知れないと思ってたんだ。こんなに若い子と会うのは初めてだったし……。そっちのことについては、試してみないと分からないから、なんとも言えないけど」
そっちのことというのは、エッチのことだというのは分かりました。
私も彼とは大分年が離れていると思っていましたが、彼もそう思っていたみたいです。
サイトに登録できるのが18歳からですから、そりゃあ私は若い方ですよね。
30代40代の人からも、バンバンお構いなしにメールが来ていたのであまり考えていなかったのですが、寺田さんはやっぱり大人としての分別もある方だったのでしょう。
「経験だって少ないみたいだし、相性もあるんだよ。たった一人としかしたことないんだから、それで自信を無くしていたら勿体ないと思う」
「だったら」
つい口を突いて零してしまった後、少し怖くなりました。
でも、ちゃんと言わないと何も変わらないし、何も始まらない。
前に進めないんだって思って、勇気を振り絞りました。

「だったら……寺田さんとしてみたいです」
この時の私の声、情けないくらい震えていたと思います。
「私のカラダ……試してみてください」
まるで自分をモノみたいに言ってしまったなと、後で思いました。
もう顔を見ていられなくて俯いた私の手を、そっと包んでくれた寺田さんの手が、表面はひんやりしているのに遅れてじんわりと温もりが伝わってきたのを、今でも思い出します。

 

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